お悔やみ欄
2020.11.12
浅川 英高
この年になると、新聞のお悔やみ欄はいつも見ている。
知り合いが亡くなっていないかと。
しかし、最近はこの欄だけでは解らない。
家族葬が多くなったからだ。
私自身も、母を家族葬で送ったが。
新聞のお悔やみ欄を見ていると、岐阜地区と飛騨地方の慣習の違いの一端が解る。
岐阜市では、載っているのは0人か1人程度。それに比べるのはいつも郡上市で
毎日2人から3人、4人と人口が圧倒的に多い岐阜市と比べても、多い。
一般葬と家族葬の違いだろう。
どちらが良いか解らないが、会葬から香典から,供花まで、すべてが過渡期で
ルールが定まっておらず、時には、部落内でのもめ事の1つになることがある。
今まで生きてきて、関わり合いのあった人と別れを惜しむのも1つ。
また、この世を去るときは、静かに消えるのも1つ。
正解は無いし、また、コロナ禍でもっと変わるかもしれない。
はたして、僕はどのようにして送ってくれるのだろうか